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揺る、揺らゆ



 長次が風邪をひいて授業を休んだのは、今年2度目の雪が静かに降り積もった、薄曇りの日のことだった。

 授業内容が授業内容であるこの忍術学園では、どんな生徒であろうと、どんなに不本意であろうと怪我には日常的にお付き合いがあり、それが原因の発熱なんてのは珍しくない。
 代わりに、否が応でも体が鍛えられる日々だから、入学間もない頃こそ慣れずに体調を崩す者も出るが、学年が上がるに連れて軽い病気とはどんどん縁がなくなっていく。

 そんな環境だからか、6年生が風邪で寝込んだと知った時に後輩たち──特に低学年層が驚きを隠せないのは、何だかんだ言いつつもこの学園における最高学年がどれだけ特別視されているかを物語っている。
 彼らだって一応(…)人間の括りに入っているのだから、風邪くらいひいて当たり前ではあるのだが──風邪をひいたら天変地異の前触れと、まことしやかに囁かれている某体育委員長の存在はさておき。

 医学薬学についてもきっちり叩き込まれるこの学園のこと、どの生徒も対処は速やかなものだし、無論、万一があってはならないので保健室の新野教諭の意見を仰ぐことも忘れない。
 最終的に、症状が重ければ保健室、さほど問題がなければ長屋の自室での療養が常だ。
 後者の場合、同室者が多少なりとも手を貸すことになり、看病する側にも「勉強」の一面があることは確かだが、こういう時だからこそ日頃、表立っては滅多に見せない心配や気遣いなんてものもこっそりと顔を覗かせる──ということで今回、長次と同室の小平太はそれを最大限に発揮し、看病の任をあっさりと放棄した。
 勿論、長次本人のために。


◇◇◇


「さっき薬飲んで、今は寝てるからー」
「…はい」
 放課後、6年ろ組長屋の小平太と長次の部屋に通じる廊下には、中で眠る長次を起こさないよう、それなりに声を潜めて経緯と容態を語る小平太と、神妙に頷く雷蔵の姿があった。

 この状況に至る経緯はこうである。

 元々行動派の小平太であるが、この日は輪をかけて迅速だった。
 授業終了の号令と共に教室を飛び出すと5年ろ組へ急行し、その勢いのまま扉を開けた。教師が去ったばかりだったろ組の生徒たちは何事かと一斉に目を向けたが、小平太は欠片も臆することなく部屋中に響き渡る声で、
「不破ー、看病して!」
 と、それはそれは晴れやかにのたまった。
 6年生が5年生にわざわざ依頼する、しかも小平太が雷蔵を指名する理由なんて、何をどうしたって一つしかない──と、5年ろ組の面々はその辺りの事情を悲しいくらいによーく承知していたから、迂闊な質問などをして自らの首を絞める者などいなかった。
 粛々と机上を片付け席を立つと、「お前の道具は部屋に持ち帰っておいてやるよ」「あとで図書室行くからついでに委員会のヤツに伝えておくわ」等々とても優しい言葉の数々を妙に悟った表情で雷蔵にかけて、通り過ぎて行くのだった。
 長次と雷蔵は、いわゆる“深いお付き合い”の仲であるが、色恋に奥手な雷蔵がそんなことを高らかに明言できるわけがない。にも拘らず思い知らされた周知ぶりに、級友らが全員教室から出て行くまで、雷蔵は真っ赤になった顔を上げることができなかった。
 小平太が再度声をかけて促さなければ、更に半刻はそのまま固まっていたことだろう。


「…でも、僕で良いんでしょうか?」
 小平太が一通りの説明を終えた時、雷蔵のぽつりと漏らした呟きが聞こえて、うん? と首を傾げた。雷蔵は少しバツが悪そうに視線を落としたが、発言を取り繕いはしなかった。
 小平太から見れば、同室者が少々アブない域に達する執着を示すほど雷蔵にベタ惚れなのは、今更何の解説が必要か? というくらいなことであるし、この後輩だって、口に出すのは得手ではないようだが、その分、長次のことが大好きでとても大切でどうしようもないと全身で語っているのが微笑ましいほど良く判る。
 けれど相手への気遣いが過ぎるのか遠慮なのか、ふとしたことで一歩引いてしまうことも多くて、傍観者としては2人の感情の微妙な差異によるあれこれを楽しく見学もするのだが、時々無性にじれったくあるのも事実。
(先輩後輩とか、年齢だけが原因てワケでもないと思うんだけど)
 雷蔵が今、何に惑っているのか小平太には良く判らないが──彼の頭をぽんぽんと、もっと年下の後輩たちにするように軽く撫ぜ、少し背を屈めて雷蔵の顔を覗き込んだ。

「目が覚めた時に不破が居たら、長次は喜ぶ」

 裏のない小平太の言葉を、素直に受け取ってしまうのは何とも面映い。照れ臭さ半分、恥ずかしさ半分で、雷蔵がちらりと目を上げると、真っ直ぐな小平太の視線とぶつかった。
 ふ、と表情を緩め、穏やかに目を細めた笑顔は、正しく“最上級生”のものだった。
「…ありがとうございます」
 雷蔵は深く頭を下げた。
 途端、小平太はパッといつもの表情に戻り、じゃあよろしくーと、言い残して走り去った。数瞬の出来事に呆気に取られつつも、足音を消してあのスピードで走れるんだから凄いなあ、と雷蔵は素直に感心した。

 改めて部屋の入り口に体を向けると、中から感じられる眠った気配は、とても静かだった。
 この時間は長屋に余り人がいないせいもあり、周囲から隔絶されてしまった場所にぽつんと立っているかのような奇妙な感覚を抱かせる。
(6年生の間で風邪が流行ってるって、本当なんだなあ…)
 確かに、数日前からそんな話はちらほらと聞いていたが。
 寝込むまでの者はまだ少数だが、咳や微熱の症状があって早めに休養を心掛ける生徒の姿は珍しくないと、今、小平太にも教えられた。
 ただ何となく腑に落ちなかったのは、1年生から5年生、ついでに教職員に至るまで、風邪の「か」の字も聞かないからだ。
 それが後輩たちにうつさないようにという最上級生の配慮の賜物なのか、あの6年生だけを相手取ってやろうという妙な気概に溢れた風邪なのかは、少々判断に迷うところである。

「…失礼します」
 いつまでも廊下に突っ立っているわけにいかないので、小さく声をかけて部屋に入った。
 色々な事情もあるので(…)雷蔵にとっては物の配置を覚えている程度に慣れた部屋ではあるが、この光景は見慣れていない。
 口元までしっかりと上掛けをかけて、長次が眠っている。
 額には綺麗に畳まれた手拭いが載せられていて、これが一番見慣れないと思わせる要因だろうなあと、雷蔵は少しだけ眉を顰めた。
 枕元まで歩を進め、ゆっくり膝をつく。長次が起きる気配がないことにホッとした。聞こえる寝息が少し荒いのは、熱のせいだろう。
 新野先生に診てもらったというし薬も飲んでいるし食欲もあるという。あとは暖かくして体を良く休めればすぐ治る、心配する必要もない程度の、風邪だ。
 雷蔵は膝の上で、ぎゅ、と自分の手を握った。
 その手に目を落として、何かを振り払うかのようにすぐに顔を上げた。
 自らに看病に来ているのだと言い聞かせ、まずは不足している物がないか確認しようと辺りを見回した。

 部屋の端には炭の熾った火鉢があって、薬缶も載っている。懐炉は足元に入れてあるので夕飯過ぎくらいに炭を交換してやってくれ、と小平太に言われていた。
 枕元には薬や湯のみ、水差しや水の張った桶が揃っていたが、それらと一緒に、『引き換え一覧』と書かれた1枚の紙があることに目が留まった。
 表向きに無造作に置いてあったので書かれている内容が見えてしまったのだが、意味を把握すると同時に、雷蔵は思わず苦笑してしまった。
 そこには長次の“悪友たち”5人の名が、今日の授業で扱った題材と共に枠で囲まれて表になっており、各項目の一番下には「レポート2回分」とか「貸し出し禁止図書の持ち出し許可3日」などと記されている。つまり休んだ授業のノートが欲しかったらこれらと引き換えてやろうというわけだ。
 同級の小平太以外に4人の名もあるのは、合同授業だったり、既に同じ題材を扱った授業を受けているということだろう。
(…もし、先輩が明日も休んだとしたら)
 小平太は再び雷蔵を呼びに来るのかもしれないし、気が向いたからと看病に気合いを入れるのかもしれない。そしてここにはもう一枚、この一覧が増えるのだろう。
 ただ安堵の言葉と共にノートを差し出すだけの簡単な関係ではない彼らは、何気なく通りかかった素振りを貫きつつ気配を消して様子を伺ったりして、けれどもし長次の目が覚めていたなら途端に、「殺菌代わりに火矢に点火して行ってやろうか」とか、「風邪なんて鍛練が足りん証拠だ」なんて軽口に幾重にも厳重に包み込んだ心配を、大層判り難く投げつけるのだろう──一筋縄でいかない“悪友たち”の距離感は、雷蔵にはとても計り切れない。

 だからこそ、こういった状況では特に強く思うのだ。

 ──僕の前だと先輩はどうしたって“先輩”で、気が休まらないんじゃないでしょうか。

 それは先程、小平太に言えなかったことでもある。
 誰だって体調が悪い時にこそ、気の許せる人に側にいて欲しいと思うだろう。けれど長次にとって、自分がその立場に含まれているなんて言える程、雷蔵は思い上がってもいなかった。

 長次の額の手拭いに触れるとだいぶ乾いていたので、それを外した。
 桶の水に浸して軽く泳がせ、程良く絞ったら形を整えてまた載せる。冷たく感じられる面が少しでも多くなればと、手拭いの上面を軽く触れる程度に指先でスッと撫でるのは、幼い頃からの雷蔵の癖だ。
 この学園で音を消す技術は様々習得したが、眠っている人の側で水音を抑えられるコツを知っているのは素直に嬉しいことだった。

 小平太から看病を、と言われた時、驚きもしたし動揺もした。
 部屋の前では、長屋全体の静けさに何とも言いようのない不安と非現実感を抱いた。
 だが、こうして実際に長次の顔を見たら、心配も確かにあるのだが、不思議な安心感を持った。

(…僕はどれだけ、あなたのことを考えていて良いのでしょうか)

 動揺も不安も安心感もつまり、小平太が現れてからたった今まで、雷蔵の思考は長次のことで占められていたということだ。


 その時、長次が小さく身動いで布同士が擦れる音がした。
 雷蔵が息をつめて様子を伺っていると、やがて長次は薄らと目を開けた。
 呆としたように視線がゆっくりと天井を彷徨って、1度、2度、瞬きをする。やがて目の端に、この部屋にないはずの色を捉えたのか顔を動かし、雷蔵に焦点が合った瞬間、驚いたように瞠目した──それは大抵の人間が気づかないくらいわずかではあったが、そのわずかが彼にとってどれほどのものか、雷蔵は良く知っている。
 ああ、やっぱり、と雷蔵は思った。
 でも当然の反応だ、とも思ったから、いつも通りに微笑んだ。──つもりだった。
 自分の眉尻がわずかに下がっていたことに、それをしっかり見留めていた長次が少しだけ眉を動かしたことには、気づけなかった。
「誰か、先輩を呼んできますね」
「なぜ?」
 雷蔵が腰を浮かせると、即座に掠れ気味の声が返ってきたので、その姿勢のまま止まってしまう。
「なぜって…その方が、安心できるのではと思ったので…」
「不破」
「はい」
 しっかり名を呼ばれたので、何か依頼されるのかと姿勢を戻した。雷蔵の動きを注視していた長次が、はあ…と大きく息を吐いた。溜め息ではなく、熱と体のだるさを吐き出すためのものだ。
「あ…と、先輩、失礼します」
 雷蔵は何気なく、額の手拭いを外した。先程と同じように絞って、長次の額に戻す。意識のある時はこまめに絞った方がより冷たさを感じられるからだ。そしていつものように指先で手拭いの上面に触れた瞬間、長次の手が雷蔵の手を上から、自分の額に押しつけてしまった。
「せ、んぱい?」
 唐突な長次の行為に驚くが、病人の手を払い除けるのは憚られた。熱があれば恐らく頭痛もあるだろうから余計な圧力を掛けたくなくて、少しでも持ち上げようと力を入れると、長次が更に押さえつけてしまうのだ。
 雷蔵はどうして良いのか困惑するが、長次はやはりまだだるいのだろう、目を閉じてしまった。しかし手は離してもらえない。
「あの、眠りづらくないですか…?」
「…心地良い」
 微かに上がった両の口角がありのまま、彼の機嫌を証明している。雷蔵はそれ以上何も言えなくなって、俯いてしまった。
 重なる長次の手と今の自分の頬と、一体どちらが熱いだろう。

「夢を、見たかもしれない」
 と、目を閉じたまま長次が言う。
 体調不良に引き摺られて眠りは浅かった。夢は見たかもしれないが覚えていない。不意に何度か目も覚めたが、脳裏にも視界にも薄らした靄がかかってぼやけた感覚だった、と。
「…だから、夢かと思った」
 目が覚めた後、雷蔵の顔を見て瞠目した理由だろう。
 きゅ、と長次の手に力が込められる。視界には映らなくても、まるでその手で雷蔵がここにいることを確認しているかのように。
「…不破」
「はい」
 名を呼べば返る答えに、長次が今度は小さく息を吐いた。不調の息苦しさよりも、湛える安堵の色が勝っていた。
「…先輩?」
「…そんな都合の良い夢が、現実だったから驚いた」

 本当は、目が覚めたなら少しでも水分を取ってもらいたいし、腕を出したことでずれてしまった上掛けを直したいし、額とてのひらに挟まれて温まった手拭いだって絞りたい。
 それにそろそろ食堂のおばちゃんにお粥を頼んで来なければと思うのに、「手を退けて良いですか」のたった一言が、どうにも言い出せなかった。




2009.12.29

シノブさまへ!vv

ちなみに発音し難いタイトルですが^^;
「揺る」…振り動かす、揺すぶる / 「揺らゆ」…一カ所に留まる、躊躇する、怯む(by広辞苑)ですv






もとり様から頂戴しました!
長次を思いやるが故に一歩引いてしまう雷蔵の奥ゆかしさがとても可愛いです!
そして、たとえ具合が悪くても、一度雷蔵の手を掴んだら離さない長次の男らしさ(?)に惚れぼれです!
とても素敵なお話にホンワカさせていただきましたvv

もとり様、ありがとうございました!